よしなしごと其之参拾参



救急車その1

 この漢は昔の部下である。部下と言っても歳は上であるが。この漢、普段は礼儀正しい漢なんであるが、酒が入ると豹変するタイプの漢である。しかも、普通の人は徐々に酔ってくるものなのに、この漢の場合、ある瞬間に突然豹変するのである。それも日によって三十分の時もあれば二時間の時もあって始末に悪い。所謂コントに出てくる酔っぱらい状態でからむので、多くの人から恐れられていた。
 ある年のゴールデンウィーク前日の夜、我が家にこの漢から電話があった。今、部屋でAと呑んでいるが、Aが酔蝗に対して不満があると言う。だから、5/5にうちに来いと話したところで一方的に電話が切れた。
 仕方がないんで当日待ち合わせの場所に行って見ると、そこには既にAがいた。「お前、俺に不満があるんだって?」「何の話ですか?」「この前電話でそう言ってたぞ」「え?私、今日初めて呑むんですけど...」「???」
 結局、呑みたいが為の嘘であったが、なんとなく嫌な予感がしたのは言うまでもない。この日はもう一人Bってのも来たので、四人で呑むことになった。
 暫くは普通に呑んでいた四人であったが、数十分後、遂にその漢が豹変した。着てる物は脱ぐわ、物は投げるわ、”ちょんまげ”とかされるわで、遂に酔蝗も切れて拳骨で撫でてあげた。が、そんなことくらいで酔ったこいつが怯む筈はない。諦めた酔蝗を含めた三人は、時間も遅かったんで部屋の電気消して寝ちゃうことにした。
 真っ暗な中、三人は部屋の隅で足を抱えてじっとしていて、その漢は一人荒れ狂っていた。荒れる漢を無視して酔蝗はうとうとし出したが、その時この漢が酔蝗につまずいた。からむ漢がうるさくて、「やかましいっ」と一声、酔蝗はこの漢を投げた。暫く静かな時間が流れたが、徐々にブツブツ言う声が聞こえてきたので、「いい加減にしろぃ!」と怒鳴りつつ電気を点けて見ると、一面血だらけ...驚いて漢の顔を見ると、やっぱり血塗れ...
 見たら目の上が切れて大出血。まぁ、酒呑んでたし、一番血が出るところだし。取り敢えず、救急車を呼ぶことにした。と、ここまでなら酔蝗の傷害罪の話だが、本編はここから。
 救急車は来たものの酔ってると担架に乗せてくれないってんで、酔蝗が背負ってマンション6階から下ろした。その間も暴れる暴れる...やっと、救急車に乗せたが、救急隊員が保険証を持ってこいと言うんで、部屋へ戻ったが見つからず、救急車に戻った。と、この漢が救急隊員にからんでる。謝って救急車を出してもらったが、ピーポーピーポー走ってる最中にこの漢が暴言を...
「この野郎〜、たかが救急車の運転手のくせしやがって〜、誰のお陰で飯喰えてんだ〜」
次の瞬間、救急車が急ブレーキ...運転手さん、振り返って曰く、
「てめー、酔っぱらいだと思って黙ってりゃ、いい気になりやがって!表に出ろぃ!」
怒る気持ちは分かるけど、急ブレーキ踏むなよ(汗)酔蝗一同平謝りに謝って、やっと救急車出発...
病院に着くと縫うとかで、酔蝗以外は身体の押さえ役として治療室へ。酔蝗は一応事情聴取。
救急隊員「学生さん?」
酔蝗「いえ...違います...」
隊員「なんであの人だけ酔っぱらってるの?」
酔蝗「毎度の事でして...」
隊員「口のきき方に気を付けるように言っておいてね」
酔蝗「承知仕りました...」
 救急車は帰って行ったが、入れ替わりに治療が終わった漢が出てきた。まだ荒れていて、貼られたガーゼをむしり取り、病院内で大声を...口を押さえておいて、看護婦さんを呼びに行かせ、もう一度ガーゼを貼ってもらった。が、これもむしり取る。再度看護婦に言うと呆れて一言、「ほうっておいても大丈夫だから、帰ってください。」
 この漢、今では結婚したが、奥さんは元婦人警官。どういう縁だったかは、恐くて聞けない...
 そして、この漢とはもう一度一緒に救急車に乗ることになったのである...