伊蔵


伊蔵はこの道十五年の大工だったが、腕は三の線であった。
連日、親方に怒鳴られ、仲間の嘲笑を買っていた。

昼間、中嶋屋の母屋の現場で、鉋の掛け方が悪いと親方に殴られた時、
「兄貴、おいらがやってやるよ。」
と声を掛けたのは、十も歳下の仙蔵だった。
仙蔵はいたって気の良い腕利きの大工で、この時もほんの親切心からだったが、
それがいたく伊蔵を傷つけた...

仕事帰り、仙蔵の誘いを断って、伊蔵は通り掛りの一膳飯屋に入った。
呑むほどに酔うほどに伊蔵の酒は荒れ、店の親父に当り、徳利に当った。
店を出た伊蔵の足はいつしか仕事場に戻っていた。
どこで手に入れたのか、火打ち石と油徳利を握り締めていた。

暫しの後、轟然と燃え上がる火を見つめる伊蔵の目には、酒のせいとも思われぬ酔った色があった。
風に乗って飛び散る火の塊は、益々惨状を広げていった。
人々が騒ぎ廻る中、一つの火の塊が伊蔵の潜む上にもふわりと飛んで来た。
あっ、と見上げる伊蔵を、火の中の何かが嗤った。


[封印]