杢兵衛


いつものように左官仕事を終えた杢兵衛であった。
半時あまり仲間と呑んでいたのもいつもの通りであった。
帰り道、よろけて古い祠に手を突いた以外は。
杢兵衛の帰る背中をモノが見送っていた...

「帰ったぜ。」
杢兵衛が手を掛けた途端、障子戸がぶっ壊れた。
「なんだよ、いきなり。明日、熊公に頼まなきゃなぁ。」
ぼやきながら土間に入り、水瓶の上の柄杓を握ったが、
これもぱかんと壊れた。
「おう、坊主にいたずらさせるんじゃねぇぜ。」
「どうしたんだい、お前さん。」
「いや何、戸は壊れるは柄杓は壊れるは、坊主によく言っとけよ。」
言いながら、水を汲もうと湯飲みに手を伸ばした刹那、湯飲みがはじけた。
驚いた杢兵衛は己が手を見つめたが、常と変ったところもなかった。
じわじわと驚愕が恐怖に変わっていった。
その時、湯飲みが割れた音で目を覚ました由坊が顔を出した。
「とうちゃん!」
いつものように杢兵衛に抱いてもらいた気な気配に、杢兵衛は後ずさった。
「由坊、来るな!」
「とうちゃん!」
それでも駈け寄る由坊に悲しげな笑顔を向けて、
杢兵衛は己の顔に右手を持っていった...


[封印]