酒精


半衛門は還暦を迎える老人だが、女房子供はいなかった。
それどころか、人付き合いが嫌いな半衛門には酒だけが唯一の友だった。
昔はそれでもなかなかの指物師だったが、歳と酒毒で手が効かず、零落れていた。
長屋連中は、そんな半衛門に距離を置きつつも、
何か口実を見つけては部屋を覗くお人好し達だった。

この日も宵の口から呑み始めた半衛門は、いつもの大徳利を空けようとするところだった。
茶碗に注ごうと大徳利に手を伸ばした刹那、半衛門は体に異常を感じた。
畳に突っ伏した半衛門は、痛みに耐えながらも助けを求めんと足掻いた。
その半衛門の鼻先に転がった大徳利から優しげな声がした。
「お前さんも今日から仲間じゃよ...」

ほろ酔い加減で長屋に帰り着いた左官の佐吉は、
見知らぬ老人と楽しげに話しながら出て行く半衛門を見た。
その片手には大徳利がぶら下げられていたといふ...


[封印]