通り魔


重助は酒が好きで、毎日寝酒を呑むのが習慣だった。
重助の酒は陽気で、愚痴ることのない良い酒であった。
女房のお豊もそんな重助の呑む姿が好きで、毎晩好きな
だけ呑ませるような人も羨む夫婦仲だった。

その日、寄り合いの会合で随分良い気持ちの重助が帰ってきたのは、
二更も過ぎた頃だった。
いつものようにお豊が重助に尋ねると、
「そうさな、あと三合くれぇ寄越してくんな」
と明るい返事が帰ってきた。
お豊は言われるままに酒の支度をして先に休んだ。

それを空けるのにいつもの重助ならどれほどの刻も
必要なかったが、その日は生憎過ごしがちの重助だった。
徳利から、最後の一滴を安いぐい呑みに落とした時、
重助はその中に笑う顔を見た。
一瞬戸惑った重助であったが、酔いの勢い、一気に呑み干した...

どれほど経ったか、油の明かりに気付いたお豊が見ると、
重助は背中を向けて座っていた。
「お前さん、寝ないのかい...」
お豊の声に振り向いた重助は、
既にお豊の見知らぬ目をしていたといふ...


[封印]