百鬼夜行


男が急ぎ足で月明かりの水溜まりを歩んでいる。
思いつめた横顔に、小路から飛び出した野良犬が吠え付く。

「あいつのせいだ...」
男は思った。
「俺は何も悪くねぇ...たかが二朱ばかりの金に意地汚く食って掛りやがって...」
数丁向こうの川には男が捨てた匕首が沈んでいるが、まだ知る者はいない。
ひたひたひたっ
男の足音が続く。
男は目に写るものも見ずにひたすら思う。
「あんな野郎の為に小塚原なんてぇのはごめんだぜ...」
男が神を恨みつつ、長屋の角を曲がり火除けの広小路に出た時、それがいた。
見えざるもの...
男が無意識の恐怖に道を変えようと振り向いた時、男の目は見えざるものの群れを見た。
男の脇を見えざるものどもが通り過ぎてゆく...
凍りついた男の耳元で見えざるものが囁いた。
「我が同胞よ...共に逝かん...」

朝まだき、長屋相手のしじみ売りの小僧は、焦点の定まらぬ目をした男の屍を見たと言ふ...


[封印]