林之巻
聖手書生蕭譲と申します。え、なぜお前がいるかって?すみませぬ。朱武兄ぃは、史進兄ぃに誘われて呑みに行ってしまって、代打を頼まれました。しかし、私も元は知識人、兵法だって結構得意なんですぞ。
では、孫子の特色について、少し話させてもらいましょうかな。
思想色濃厚
諸子百家の中でも、兵家は実用、実践を旨とする一派ですが、その兵家にあって孫子は甚だ思想的でございます。これほど有名な本ではありますが、岩波文庫で漢文、読み下し文、注釈、口語訳全て含んでもおよそ150ページ程。如何に内容が濃いかが判ると言うもの。孫子は単に戦争技術のみを論じたものではなくて、心理学的な要素や哲学的な要素を多分に含んでいたからこそ、現代まで生き残ったとも言えましょう。内容的にも、老子との類似を指摘する研究者も多いようですな。
避戦主義
兵法書でありますから、当然戦争についての方法論等が書かれていますが、孫子では戦争を美化するようなことは一切ございません。「戦争はだましあい」とまで言い切っている辺り、孫子の面目躍如たるものがありますな。開戦までの決断に対して充分な検討を行い、仮に戦わざるを得なくなっても、武力を用いない外交戦、謀略戦を上策とするのが、孫子でございます。「戦わずして勝つ」がテーマだと言われる所以ですな。
それを孫子のヒューマニズムの現われだと申される方もおりますが、私が思いますに、孫子は冷徹な現実家。コストパフォーマンスの優劣から、このように考えられたのではないかと思いますが、如何でしょう?
防衛主体
避戦主義から来るのでしょうが、当然の帰結として戦略的には防衛主体となっております。小国が大国に侵略された場合を想定して、侵略を否定しているように思われます。このためでしょうか、短期決戦、地の利を生かした運動戦、奇襲戦法等の重視が見られるようです。
しかし、これもやはりコストパフォーマンスを前提にすれば、こうなりましょうな。他国に対して出征する場合、戦争準備として兵備の充実、物資調達、開戦後の兵站線の確保と補給を考えれば、敵地での軍事行動は仕掛けられるよりも金が掛りますからな。
計数/情報重視
驚くなかれ、出版されている孫子関連の書籍の中に、数学もしくは情報工学からの解釈を行なっている本があります。その位、孫子では計数および情報を重視いたします。折角莫大なコストを掛けて行う戦争ですから、効率よく勝とうと言う孫子の現実家としての一面の現われでしょうかな。「やってみなければ判らない」的な非論理的発想は、孫子の最も忌むべきところです。孫子に言わせれば、「戦争は始める以前に勝ちと決まっていなければ始めるべきでない」となりますが、これは彼我の情報分析の必然性を示唆しておりましょう。「用間編」を設けているのもその証拠ですな。
臨機応変重視
孫子は固定化された考え、行動を忌避いたします。開戦以前に状況分析を行うことを重視しながらも、変化に対応することの必要性も同時に説いております。相手も当然、勝とうと思っていますから、なかなかこちらの思うようには動いてはくれますまい。そのような場合、「状況に応じて別の手を考える」と言うのが孫子流でございましょう。「運用の妙は一心に存す」と大見えを切った南宋の岳飛なんぞは、孫子が聞いたら大層誉められることでしょうな。
人間関係/人間心理重視
戦争を行う主体が人である以上、相手に勝つためには相手の心理を読むことは重要でございます。また、敵のみならず上司、部下の心理、人間関係をも戦争の一要因としている辺り、孫子はまったく見事なほどでございます。現代でも勤め人の方々が、有り難がって孫子を読むのもここから来ているのでしょうな。
しかし、他でもあるように運用の応用力が重要ですので、読めば誰でも優秀な上司と言う訳にはいかないようです、残念ながら。
あ、さて、一応このあたりにいたしまして、次はいよいよ孫子の内容に入ろうかと存じます。
では。