<中央官制>

  中央官制図




お役所名とか
お仕事とか
宰相 百官を統べて皇帝を補佐し、国政を総括するお仕事。でも、『水滸伝』の時代には名称がちと違ったようです。その頃は、太師・太傅・太保の階官を持つ者を”真相”、左輔(この頃の門下省の長官)・右弼(この頃の中書省の長官)を”宰相”と呼んでいたみたいです。人数不定で複数制だから、”宰相グループ”で共議の形を取ってたんでしょうね。『水滸伝』で言うなら、ズバリ蔡太師、つまりは蔡京。
中書省 政令を立案するお役所。今で言うなら”国会”に相当するとこですな。
門下省 皇帝の施策決定の補佐を行うお役所。中書省とか枢密院で立案された施策、尚書省以下の六部から上がってくる案件を審査して、却下したりちょっとなら改正したりした。また、上奏を皇帝に取り次ぐのもここのお仕事。
尚書省 門下省から下りてくる政令とか詔勅とかを配下の六部を管轄して施行するお役所。所謂、”行政”組織。
吏部 六品以下って言いますから、中堅以下の文武百官の官位・俸禄・人事異動・考課とかを司ったお役所。人事部ですな、所謂。
戸部 全国の戸籍・土地・租税・賦役の政令を管轄するお役所。私の一番嫌いな”国税局”ってとこですか(汗)
礼部 礼楽・祭祀・朝会・科挙・宴会その他の政令を管理するお役所。
兵部 ”兵”って名前が付いてますけど、この時代、禁軍関係は軍政は枢密院、人事権は吏部の所管になってたので、民兵・廂軍の軍籍管理とかマイナーな仕事しかなかったようです。
刑部 刑法の修正、訴訟、疑問のある罪人の審議・上奏、赦免とかを管轄するお役所。敢えて言うなら最高裁だけど、ちょっと職能が違うな...あ、日テレ『水滸伝』の宋江は、”刑部のかしら、宋江!”と名乗っていましたね(笑)
工部 城池・建物・街道・橋梁の修築、船・車その他の製作、そして貨幣の鋳造を行うお役所。モノ作りならなんでもなのね(汗)
太常寺 礼楽を司り、大朝会・祭祀用の雑楽と什器服装、郊祀・宗廟・社稷・陵墓・生贄・籍田(お供え用穀物の田圃)・医薬を管理するお役所。ちょっと礼部とかぶりそうだけどなぁ...
光禄寺 朝廷や祭祀で使用する酒やら食材の備蓄、そう言うものの禁令と格式の管理を行うお役所。
衛尉寺 軍用の武器装備、儀仗、帳幕の供給を管轄するお役所。するってぇと、梁山泊征討時、呼延灼が武器甲冑を受け取りに行った”甲仗庫”ってのは、ここに所属するのかな?
宗正寺 皇族の戸籍、皇族の葬礼、宗廟等の管理を行うお役所。徽宗の頃は、皇族子弟の教育もここの管轄でした。
大宗正司 皇族教化、皇族向けの政令、皇族間紛争解決、皇族からの上奏取次等を管轄するお役所。扱うことがことだけに、長官は皇族がなったそうですな。九寺と言いながらこれがあると十になる...でも、”〜寺”じゃないから良いのかな?(笑)
太仆寺 馬・車・輿の管理をするお役所。乗り物担当セクションってことですかね。
大理寺 六品以下の官吏、諸軍将校、死罪囚の結審を行うお役所、らしい...(汗)
鴻臚寺 外国からの使節の対応、後周の陵墓および柴氏の後裔の襲封、道士・僧侶の度牒等を管轄するお役所。柴進はお世話になってるんでしょうね(笑)あ、魯智深もか(爆)
司農寺 倉の出納管理、庭園の管理、官吏の禄としての穀物・開封に駐屯する禁軍の兵糧の支給、馬の飼い葉の管理、薪・炭の管理、麹の製造等を行うお役所。
太府寺 金銭等の蔵の出納、商税、度量衡、市場等を管轄するお役所。
国子監 国立の学校に関する政令、それらに対する指導等を管轄するお役所。文部省ですな。ここに所属する学校としては、国子学(中堅以上の官吏の子弟用学校)・太学(下級官吏の子弟と庶民の子弟用学校)・律学(法律学校)・武学(武官学校)・医学(医科)その他ありますが、徽宗は流石に風流皇帝と言われるだけあって、美術学校みたいなものも設置したらしいですね(汗)
少府監 官吏の服装、小物、什器、輿その他に関する政令を司り、その製造を管理するお役所。
軍器監 武器の製造を管理するお役所。
将作監 土木工業造作の政令を司り、城壁・宮室・橋梁・街道・船・車等の造営を管理するとあるんですけど、工部ともろダブり(汗)
都水監 河川・渡口・橋梁・堤及び治水を管轄するお役所。
枢密院 軍政を司るお役所。つまり、軍隊に対する人事・政令・指示の決定機関だと思ってください。童貫はここの長官で、枢密使。
殿前司 中央禁軍を統括し、軍籍の管理・兵員訓練・将兵の配置転換・賞罰とかを管理してました。高Qはここの長官だし、楊志もここの制司でしたね。水滸伝中、最もお馴染みのお役所でしょう。高Qの”太尉”は官職名じゃなくて、武官に与えられる階官名。つまり、位階を表す官名。高Qの官職名は殿前司都指揮使、そのプライベートオフィスが殿帥府だと思ってください。
侍衛親軍馬軍司
侍衛親軍歩軍司
基本的に殿前司と同じ職能を持っていて、中央禁軍をこの三つのお役所で分割管理してたんですね。でも、それぞれ皇帝直属で、横の繋がりはなかったらしいです。
秘書省 図籍・国史・天文暦数・祭祀・祝辞を管轄するお役所。国家機関としては無いと困るだろうけど、ちょっと他に比べると重みが足らないセクションかも(汗)
国史院 国史編纂を行うお役所。ここがあるから『宋史』があるんですねぇ。
実録院 ここも国史編纂をやってるらしいんですけど、”実録的編修”をしてるんだそうです(汗)よく判らないけど、編年体と紀伝体合わせたような編纂をしてるらしいです(滝汗)
日暦所 日々の政事軍事人事等の出来事を記録するお役所らしいです。で、記録した物を国史院とかに送って編纂の資料にするみたいですね。でも、宣和二年に廃止されてます。
会要所 文物・制度などを記録するお役所。
太史局 天文・気象観測、暦作成、漏刻の管理等を行うお役所。今の気象庁みたいなもんですかね。
御史台 文武百官の綱紀を粛正し、貪官汚吏の摘発弾劾を行うお役所。江戸幕府で言うなら、差詰め”大目付”ですな。
学士院 各種詔書の起草を行うお役所。皇帝の秘書課ですな。この”秘書”が翰林学士で、以前蔡京が任官していましたね。でも、”秘書”とは言え、正三品官だから官位で言うと上から数えて五番目で偉いんですな。
入内内侍省 皇帝及び后妃の衣食住その他、日常生活を支えるお役所。宦官のお役所ですな。
内侍省 ここも宦官のお役所だけど、宿直とか殿中の小間使いとか巡遊時のお供とか、雑役担当のお役所。