<八犬伝と水滸伝一>
では、八犬伝の中に見られる、『こんなところにちらっと水滸伝』と言う所を御紹介しましょうかの。あくまで「思い込み」と「思い入れ」の産物じゃから、実際ご自分で読んでみるのが一番じゃよ。今回は第一葺から第五葺の範囲で見つけたものじゃ。
全体の話の構成はよく似ている。発端〜列伝〜結集〜集団戦〜結末と言う流れです。それぞれの展開は大分違うけど、なんとなく似た話に思えるのはこのためかも知れませんね。
安房里見家自立に絡む怨念に端を発して、里見家の伏姫は飼い犬の八房と夫婦に成る羽目に。交わりなくして孕んだ伏姫は、それも因縁か自ら命を絶つことになる。将にその時、掻き斬った腹から白気が立ち昇り、首に掛けた数珠から”仁義礼智忠信孝悌”の文字の浮き出る八つの玉が光りながら飛び散る。これが後に八犬士となるが、彼らはその証として飛び散った玉と身体に八房と同様の牡丹様の痣を持つ。
水滸伝では、竜虎山上清宮に封印された一〇八の魔王を洪太尉が解き放つ。魔星の転生であることは、勢揃いの後、天より降った石碣に書かれた名前を見て初めてそれと知る。
全然違うみたいだけど、後の主人公達が過去のある事件から転生するストーリー展開は水滸伝テイスト。飛び散る玉は八つだけど、そもそも数珠の玉の数は全部で一〇八個。そんなところにも、ちらりと水滸伝が。それから伏姫の顛末の後、時代は流れて犬塚信乃の話へと飛ぶが、その際に『譬へば彼水滸傳に龍虎山にて洪信等が石碣をひらくの段より林冲等が出現までその間数十年物語なきがごとし』とそのものズバリで書かれています。
伏姫三歳の頃、話さず笑わず泣くばかりであった。心配した母五十子が役行者の祠に伏姫と乳母を参詣させた帰り道、役小角が示現したと思われる謎の老人が姫に数珠を授けると、それまでの様子が嘘のようで才色兼備の姫に育った。
水滸伝では引首において、生まれてから泣きやまない仁宗皇帝の耳元で、天界から遣わされた太白金星が『文有文曲武有武曲』と言うと泣き止んじゃいます。またその後、国中に広まった流行病を竜虎山の張天師が都で祈祷して鎮めてしまう。
これまた全然違うけど、発端に仙人が登場して、トラブルシューティングをするシチュエーションは水滸伝テイスト。
犬塚信乃の持つ名刀村雨丸。信乃の祖父匠作、信乃の父番作が守り伝えた故主の宝刀で、殺気を含んで抜き放てば露が滴り、人を斬れば露流れる如くにして、血糊を刃に留めない。
青面獣楊志の持つ伝家の宝刀吹毛剣。寸鉄を両断して刃こぼれせず、毛は吹き付けるだけで真っ二つ、人を斬っても刃に血が付かない。
この村雨丸と吹毛剣の属性はほとんど同じですな。機能的に吹毛剣の方が斬れそうに見えるけど、八犬伝には『鐵を斬り、石を劈く』なんて表現もあるから、そんなことはないでしょう。歴史的に見ても、日本刀の切れ味は、中国では驚異的と思われていたようだから。
犬飼現八の持つ牡丹様の痣は右の頬先にある。顔に痣と言えば、水滸伝では勿論楊志。それ故渾名も青面獣。八犬士には皆どこかに痣があるから偶然なのかもしれないけども、水滸伝好きが読むと「あっ、楊志だ!」と思うのは間違いないでしょう。と言うことは、芳流閣上の犬塚信乃との遺恨なき戦いは、豹子頭林冲が梁山泊入山の証に首取らんとして青面獣楊志と戦った場面、と言うことかな?
犬田小文吾の犬太殺し。官も恐れて手を出さず、町中が迷惑している嫌われ者犬太。義憤に駆られた小文吾が蹴倒して、胸を踏みにじると図らずも殺してしまう。これ、全然違うんだけど、イメージ的に楊志と没毛大虫牛二の下りを彷彿させるね。街のならず者を誤って殺す主人公、感謝する街の人々のシチュエーション。
犬塚信乃の伯母夫婦を殺害した陣代を主の仇として討った額蔵こと犬川荘助は、陣代の弟の奸計で無実の罪を着せられて公開処刑されることになった。旧知の漁師やす平にそれを聞いた犬塚信乃、犬飼現八、犬田小文吾は処刑執行時に乱入、荘助を救出する。おぉ、これは将に水滸伝第四十回の江州の法場荒らしではないですか!
法場に乱入して犬川荘助を救った三犬士だが、敵は大勢味方は無勢、川原に追い詰められてあわやピンチ!その時、やす平操る一艘の小舟が現れ、四犬士は危難を逃れる。しかし、丁田町進は乗馬のまま川に乗り入れ追いかける。と、忽然水中からやす平の息子が現れ、丁田町進の襟に熊手を掛けて馬より引き落とし討ち取る。これぞ、梁山泊水軍の得意技!張兄弟か、三阮か、はたまた李俊か、蛟蜃か!!
主君の仇と扇谷定正を付け狙う犬山道節は、ふとしたことから手に入れた名刀村雨丸を献上すると偽って、定正に近付いて見事を討ち取ったと思われた。が、実はそれは影武者で、道節を誘き出す罠だった。捲土重来を期して囲みを破る道節と偶然通りかかって巻き込まれる四犬士。逃げ延びたと思われた道節を鉄砲が待ち受ける。それと気付いた道節は、素早く左右の手で拾った飛礫を打つと一人は眉間を割られ、一人は手に持つ鉄砲を打ち落とされる。飛礫と来れば、張清か、瓊英か!道節はスイッチピッチャーでありました(笑)
今回はここまでじゃ。また、続きは次回に載せるから、読み進むのを待っとるようにの。