<八犬伝と水滸伝四>
では、八犬伝の中に見られる、『こんなところにちらっと水滸伝』と言う所を御紹介しましょうかの。あくまで「思い込み」と「思い入れ」の産物じゃから、実際ご自分で読んでみるのが一番じゃよ。今回は第九葺巻之十五 第百十九回から第九葺巻之二十七 第百四十三回までの範囲で見つけたものじゃ。
京へ使者として遣わされた犬江親兵衛仁。三河沖で風雨に遭い、苛子崎の港に船を入れる。土地の役人設楽四九二郎綾丑(実は海賊の一味が化けている)が海賊改めのため、蜑崎照文と姨雪代四郎と大方の水夫を連れて、領主の館へ向かう。
船に残ったのは犬江親兵衛と一部の水夫たちだが、そこへ小舟に乗った商人(海賊の一味)が酒肴を売りに来る。それに対して親兵衛は、毒入りかも知れないと欲しがる水夫たちを止める。言われて商人、ぶつぶつ言いながら引き返すが、隣りに係留していた別の船の水夫(これも実は海賊一味)からこっちで買うぞと言われる。その時商人、あっちの船で言われたことを聞かなかったのか、うちの酒には毒が入ってるぞ、と戯れながら酒肴を売る。遠目にそれを見た親兵衛は、隣りの船の水夫が大丈夫なのに安心して、水夫らに買うことを許可する。そして商人も渋々ながら、売ってやる。
これはずばり、智取生辰綱ですな。商人の台詞まで白勝と同じです。でも、親兵衛たちの仲間を分散させてから計略を行うあたりは、海賊とは言え、中々の軍師。結局、水夫は毒酒で倒されるけど、親兵衛は仁の霊玉の奇特に助けられて毒酒を飲まないところは、楊志と違うところ。
京へ使者として遣わされた犬江親兵衛仁。結城で懲らしめた悪僧徳用が、実は細川政元の重臣香西復六の実子であったことから、武芸試合にかこつけて命を狙われる羽目に。
白打、剣術と勝ち進んで馬上槍試合に臨んだ時、相手の澄月香車之介直通が気後れして、助っ人を要請した。そこで手を貸すことになったのが、政元の近従紀内鬼平五景紀。但し、彼の得意技は飛礫で、槍ではない。けれど、親兵衛ちっとも恐れず、二対一の試合を引き受ける。
またも出ました、飛礫打ち。言わずと知れた、亜流張清です。しかし、馬琴先生も飛礫が好きですね(笑)
この時、親兵衛が試合を了承する際に、「飛礫打ちの名人と言えば、中国にも二三人いる。近頃輸入された、羅貫中の『水滸伝』の中に没羽箭張清がいる。没羽箭は”羽のない矢”のことで、飛礫は羽のない矢のようなものだ。だから、作者も綽名にしたのだ。」とずばり言ってますな。
さて、その試合だが、穂先が付いていると危険なので、たんぽ槍に白粉を付けて、各黒尽くめの格好で試合をすることになる。
試合が始まると一目瞭然。親兵衛の槍筋に澄月香車之介直通はたじたじで、全身に白い斑点だらけとなる。
これは水滸伝のまんまですね。そう、北京に流された楊志が周謹と槍試合をする場面です。
槍試合にも勝った親兵衛は、次に弓鉄砲の試合をすることに。試合の最中に親兵衛を撃ち殺そうと考えた鉄砲の名手種子島中太正告であったが、親兵衛の武芸の腕に惚れ込んだ細川政元が撃ち合いを禁止する。
その時、頭上に雁の群が通り過ぎ、政元は親兵衛・中太・弓の名手秋篠将曹廣當の三名に「あれを射よ」と命じる。
親兵衛はすかさず鉄砲を空撃ちして、雁を傷つけないように弓で雁の羽を射る。
雁を射ると言えば、梁山泊入りをした時の花栄か、方臘戦に向かう燕青ですな。でも、雁を殺さない分、親兵衛の方が上かな?
最後の武芸試合は棒術で、相手は悪僧徳用。徳用は六十斤の鹿杖(錫杖)で親兵衛に向かい、親兵衛は関羽もびっくりの八十二斤の鉄棒で迎え討つ。当然、試合は親兵衛の勝ち。
徳用の鹿杖(かせづえ)は、魯智深の”さん”と同じじゃないと思うけど、坊主で重たい杖と来れば魯智深が下敷きと見て間違いないでしょう。二斤軽いのは、魯智深に遠慮したのかな?ちなみに鹿杖って言うのは、下が二つに割れた杖のことで、錫杖とは違うみたい。
武芸試合の結果が全勝だった犬江親兵衛。あまりの強さに京雀たちの畏怖の的に。洛中洛外、家の門戸に『犬江親兵衛宿』と書いた紙を貼り、疫病除けのお守りとした。
これ、日本で言えば『蘇民将来子孫之門』なんて言う護符と同じで、中国で言えば『門神』だね。で、直接水滸伝とは関係ないかも知れないけど、未確認情報では水滸伝の好漢の門神があるらしい。秦明とかって聞いたけども...
もし、馬琴先生がそれを知っていたとすれば、既に有名ではあるけども相当な水滸通だな。と言うよりマニアかもしれない(汗)
でも、『三国志』の趙雲とか馬超・馬岱なんて門神もあるらしいから、言い過ぎかも(滝汗)
細川政元に気に入られて、安房への帰国を許可されない犬江親兵衛仁。しかも政元はおホモだちとして親兵衛を狙っている様子。親兵衛は全然相手にしないんだが、ここで馬琴先生はその有り様を評して、『墻固ければ狗兒入らず』と言っていますな。
これは武松が出張に行く前に、兄嫁潘金蓮に言う台詞。水滸の原文にもそうあるから、中国のことわざなんだろうけど、他で聞いたことがないです。一応、日本のことわざ辞典にも出てるんだけどね。
他で見たことある方、教えてくださいね。
今回はここまでじゃ。また、続きは次回に載せるから、読み進むのを待っとるようにの。