<塩>
塩の話はおいらの領分だな。兄貴に内緒で、翻江蜃 童猛が教えてやらぁ。
さて、俺の商売は塩の闇商いだったのは知ってるな。なんで、麻薬や覚醒剤を売らないで、そんなもんを売るかって?そりゃおめぇ、俺達はただのやくざじゃないからだよ。国を憂う好漢だからだよ。
で、何で塩の商売なんてもんをやってたか?
実は宋では塩は専売だったんだよ。国家が流通を統制してたんだな。しかも、国家財政から見るとこれが馬鹿にならない収入源だったんだ。だから、正規の塩は国が管理している塩田で生成されて、許可を与えた商人が売るのが国是だったのさ。
塩はご存じのように、人が生きるためにはなくてはならない物質だよな。塩は神経・筋肉の維持だとか、消化液のPH調節だとか、体液の浸透圧調整とかいろいろやってるらしいんんだな、体の中で。体内の塩分が不足すると吐いたり、無力症になったりしちまうんだとさ。
こういうもんだから、当然民衆は塩を買わなきゃならねぇんだが、高官やら大商人どもがこんなおいしい権利を悪用しないわけがない。それじゃなくても、競争がない専売品だから高いんだわ、これが。それに質も悪いと来たもんだ。
こんなこと、俺達が黙って見てられる筈がねぇだろ?だから、官に隠れて塩田作って、良い物をずーっと安く売ってやるのさ。元々塩なんぞは、作るのに大した金が掛かるわけじゃねぇから、専売塩の半額で売ったところで十分儲けはあるんだよ。皆に喜ばれて、俺達も儲かって、官に一泡吹かせられるとなりゃあ、こんなおもしろい商売はねぇだろ。試しにそこいらの連中に聞いてみな、「塩の密売人だが匿ってくれ」って言えば、誰でも助けてくれるぜ。
塩は他にもいろんな問題に絡んでるんだぜ、知ってるかい?
遼と並ぶ宋の敵性国家で西夏って国が北西にある。ここは元々宋に従属したり抗争したりしていたタングートの国なんだ。昔、宋といい関係にあった頃は、奴らは奴らの土地で生成される良質の塩を宋に売って、穀物とかを買い入れていたんだけど、さっきも言ったように塩を専売にして国家で統制しようとすると、あんまり良質で安価なものが簡単に手に入っちゃ困るわけだ。そこへうまい具合に西夏が反乱を起こした。そこで、塩を禁輸品にしたもんだから連中怒ったね。それまで敵対していなかった部族まで、宋に反抗するようになっちまった。やがて、講和がなった時、連中宋に対して塩の禁輸を解くように訴えたが、宋ではこれを拒否した。それでもしばらくは宋に臣従していたタングートだったんだが、ここに民族英雄が登場した。これが李元昊で西夏を建国し皇位について、宋に敵対しちまった。剽悍な騎馬民族国家の西夏に宋は悩まされたが、宋が防御策に転じると双方ともに経済的な疲弊から再度講和となったんだ。その時にも、西夏は塩の禁輸の解除を主張したけど、宋は認めなかったんだよ。敢えて、戦争も辞さないくらい重要な財源だったんだな、塩は。
な?たかが塩と言うなかれ、なかなか奥が深いだろ?