御幼少の頃
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近所のおばさん、おねえさんに傅かれ、おぼっちゃまとして何不自由なく、すくすくと育つ(爆)
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寺子屋幼稚舎時代
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横須賀の山に籠もり、近隣を荒らし回る。当時、従う手下4名(笑)既に郁保四状態であったと記憶する。
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寺子屋初等時代
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官憲に逐われ、本拠を故郷の茅ヶ崎に遷す。5年生の頃、日テレ水滸伝を見て、共感の余り涙滂沱たり。
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寺子屋中等時代
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先輩が出来たため、多少大人しくなる。が、ひとたびクラスに戻れば、教師に反抗する急先鋒であった(爆)
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寺子屋高等時代
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人並みに青春する酔蝗であった(爆)多分、最も堅気に近かった頃であろう。
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太学時代
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宋の都、東京開封府に出る。将に喰うや喰わず、都会の厳しさを思い知らされる。が、下宿が下町だったため、商店街のおじちゃんおばちゃんたちのお情けに遭い、辛うじて露命を繋ぐ(泣)この頃、孫二娘に転がり込まれる(爆)
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猟官運動
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猟官運動の対照は虚名の職業一本槍であったが、あんまり周りが『他も行け!』って言うもんだから、ちょっと就職誌を捜す。「会社の屋上で花火見ながら大宴会!」のコピーに惹かれてついつい某仕組小屋へ。面接官が開口一番、「この時期に会社訪問してるってことは他が全滅だったからだと思うんですが、敗因はどうお考えですか?」なんて言うから、「本命の面接はまだ先です。この業界に来る気はないし、ましてやこんな会社に入社するつもりもありません。」と答えた。面接官曰く、「失礼しました...」この面接官が社長だと知ったのは、入社式当日のことであった(汗)しっかし、よく採ったよなぁ、俺なんか(爆)
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宮仕え当初
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良い人間はならないとまで言われた兵隊とは言え、無事堅気の職に就くことに(笑)。が、元来権力と言うものに抵抗するのが性であったため、”上司”と言う”敵”を見つけて欣喜雀躍、好漢の息吹再び(爆)
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宮仕え十年目頃
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故無く、殿帥府太尉に迫害される。まぁ、それも好漢の条件だから仕方ない。で、禁軍槍棒師範昇格面接において、「お前らの為には小指一本挙げられねぇ」と啖呵を切って出奔(笑)実話である...
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新天地時代
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出奔した先で正牌軍として迎えられる(笑)が、大組織であったため、好漢は異色の存在であった。しかし、三年の間に周囲を自分の色に染め、反逆者の巣窟へと作り替える(爆)各地で連戦、功名を挙げ、本人の知らない間に社内で有名になっていた、らしい(汗)しかし、野戦の無理が祟って過労死寸前、再度の出奔を図る。
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古巣へ
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錠銀を山と積んで招聘する組織もあったが、金に釣られちゃ好漢と言えぬ。その頃、たまたま会った昔の好漢仲間に「殿帥府太尉は失脚した」と聞かされ、眼が輝く。年収25%DOWNだったが、”出戻り”と言う響きが好漢の心を擽り、孫二娘を説得して禁軍槍棒師範に復帰。二年程で高官へと登り詰め、私腹を肥やす(爆)高官にして好漢、さぁ次ぎはどうする?
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大団円、か?
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方臘戦には生き残ったものの、官位を返上して下野、希望を求めてシャム国へ(笑)風の噂に聞くところによれば、宋は金国に滅ぼされた模様(^_^;;;はてさて、大団円を迎えられるか否か、それは次回の講釈にて。
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さにあらず
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所詮好漢には平穏な人生はないものと思われ...と、言うか、小さな安定を好まないのは誰のせいでもなく自分の性癖なので、さも天の意志かの如き表現には虚飾が含まれます(笑)ま、それはさておき、希望を求めて渡ったシャム国ではあったが、落ち着いてしまえば小なりとは言え安定した国家。やはり、好漢の血が騒ぎ、敢えて下野。偶々加盟した山寨はこれまた何とも梁山泊風味。粗野であっても野卑にはあらず、同じオーラを漂わす好漢たちが集いつつある様子。いやー、これだから人生は楽しいのよねー(笑)
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